ユーザー通信 209号 抜粋記事 1面右:三井精機 加藤新社長
実録『事業承継の妻たち』と『アトトリ娘』
本紙6面詳報のとおり、6月に開催された名古屋でのINTERMOLDでは、『かながた小町集合!』が企画され、金型業界で活躍中の女性らによるトークセッションが催された。
そのなかでは、金型業界に入るきっかけをモデレータ(司会)に問われたあるパネリストが、「主人が3代目の経営者なので必然的だったんですが」を前提に、次のように答えた。
「2代目だった義父が『結婚の条件はひとつしかない、先にあなたが会社に入ってください、それだけだ』で、いきなり3次元測定検査の担当になり、三角関数にふれることになったんです。 学生当時は数学が大キライだっただけに、当然、公式なんて頭に出てこないし、あたふたしました。大抵の学生は、三角関数なんて人生に必要ないと思って授業を受けていますよね? それがまさか、結婚するために三角関数が必要になるとは思ってもみなかった!」と述懐するシーンがあった。
製造現場などこれまでは、のっけから、男性中心の職場、男性社会が「あたりまえ」と思われていたステージで女性が活躍し、台頭することで、こういったさまざまな「悲喜こもごも」が見られるのもまた確かだ。
それは、製造業、中小企業で喫緊の課題となっている事業継承、後継者問題においても、同じ様相を垣間見せている、とM&Aサービスの会社と複数取り引きのある経営者は話す。
多くの中小企業では、経営者の奥さんが事業の手伝いをするのが、かつては「あたりまえ」だった。奥さんは家庭だけではなく、会社でも主人のサポートをしているのだから、何のひねりもない言葉だが「すごく大変」だと思う。
こんな奥さんは、筆者のすぐ周囲にもいるし、読者の皆さんの周囲にもいると察するが、ある奥さんは「よく『従業員は家族だ』という人もいるけど、私にとってはそうではなかった」という。
この発言だけ聞くと「冷たい奥さん」のように思われるが、その意図するところはこうだ。
「会社で『奥さん』と社員から声をかけられると、いつも『ドキッ』とするんです。いいことで声をかけられることは、まずないので・・・」。
また、経理や人事労務を一手に引き受けていた別の奥さんの言葉はさらに印象的で、「私は会社の、いや、主人の『犠牲者』なんです」、「これまでどれだけ会社に振り回されてきたか・・・私の人生を返してほしい」とかなり辛辣だ。
両者ともその後、「主人から『会社を誰かに任せようと思う』といわれ、それが事業継承だった」と、今ではもうM&A後のリタイアライフを送っており、「主人が経営していた頃は本当に毎日が大変だったので、いまは比較できないくらい穏やかに過ごせています」と口をそろえる。
このように、事業継承して「変わったなぁ」と感じるのは社長よりも、実は、『妻たち』のほうだというケースが多いそうだ。
一方、「息子がいないから、跡継ぎがいない」も、何年か前までは「あたりまえ」の世の中だった。事実、日本の女性社長の比率はたったの7・8%(帝国データバンク)だ。
だが近年では、娘が会社を継ぐケースが徐々に増えてきている。そんな『アトトリ娘』たちが集う場所として、昭和女子大学ではダイバーシティ推進機構が「アトトリ娘」たちの人材育成コースを開いている。
その参加者で、実家がネジの製造業だというある女性は、なんと、小さな娘さん2人の子育て中だが、いずれ3代目として会社を継ぐ予定だそうだ。
「最初は継ぐつもりはなかったのですが、父から『どうする?』と聞かれた時、気付いたら『継ぎます』と答えていました」。
働き方に自由を求める時代に「経営者」を選ぶ女性。「跡取り」という枕詞には、ついつい「息子」をイメージしてしまうが、全国で確実に増えている『アトトリ娘』は、我が国の後継者不在問題を解決するための手立てとして、今後、主流になっていくのだろうか―。
2019年7月10日