ユーザー通信231号 8面:オーエスジー 藤井尉仁氏インタビュー「宇宙はいつでもスタートできる」
―今回打上げに成功したELSA-dと、4年前(2017年)のIDEAとのミッションの違いは。
藤井 IDEAは「宇宙の状態を知る」ための微小デブリ「観測」衛星でしたが、ELSAはこれから打ち上げられる人工衛星を、ゴミにさせないための回収技術を確立する「実証実験衛星」で、民間で世界初となります。実証実験完了の予定は1年以内です。
―4年越しの悲願成就となった「人工衛星への部品供給」ですが、オーエスジーはどの部分に関係しているのでしょうか。
藤井 納入した部品は複数ありますが、そのうち今回採用されているのが、衛星の基礎となるアルミ合金製の土台(底板)、姿勢制御関係の部品などです。
土台については、開発段階から最終形のフライトモデルに行き着くまでに、3回ほど設計変更され、つくり替えています。姿勢制御関連の部品では、組み付け時の精度が求められ、短時間で実現することが大変でした。他にもいろいろ部品をつくっていますが公言できないものもあります。
―このプロジェクトには藤井さん以下、何名が携わっていますか。
藤井 私を含むチームは8名で、うち製造に携わるのが4名です。部品加工をメインとしますが、ELSA-dの土台加工には、当社本社の加工技術チームも関わっています。
―元々が既存の部品加工チームであり、これまでの自動車部品の加工等での経験を活かし、「宇宙部品」もひとつの仕事として取り組んでいるわけですね。
藤井 IDEAの時は主に私が担当しましたが、今回はチームで作業している状態です。自動車部品での経験や、これまでアストロスケールから受注した部品や、それ以外の宇宙部品も手掛けてきましたので、そのあたりのノウハウを織り込み、加工、供給しています。
―オーエスジーとして今後の宇宙事業への参画計画は。
藤井 次世代の人工衛星をはじめ、宇宙部品製造の「専門化」が進んでいます。また、ベンチャーのみならず宇宙関連企業からも、多数の加工依頼を受けています。
取り組むほどに取引が拡大している宇宙分野
―ということは、オーエスジーの中ではもう単独で「宇宙部品」というカテゴリーが確立しているといっても過言ではありませんね。
藤井 取り組めば取り組むほど、取引先が増えてきています。自動車部品のような量産はまだ見込めないものの、広く種を蒔いたものに、少しずつ花が咲きはじめています。
―技術者目線ではなく、純粋に「宇宙産業」「宇宙ビジネス」という観点では今後の広がりをどう見ますか。
藤井 「宇宙活動」がますます盛んになっていきますので、「宇宙ビジネス」も広がりを見せていると思います。国家予算も今年になって2千億円のレベルに達し、その大半はJAXAの掌握下にあります。ビジネス母体としては今後ますます大きな成長が見込まれます。
また、元々は大手企業が国策として手掛けてきたロケットや人工衛星の取り組みが、現在は民間企業独自のビジネスとして、広がりを見せています。まさにこの状況に我々も乗り遅れないように今後もアンテナを張って進めて行きたいと思っています。
月・火星へ、変化する「宇宙の目標」
―技術者としての観点から「宇宙部品」で最も難しいと感じるところは。
藤井 話は前後しますが、宇宙を目指すということは「宇宙空間を目指す」を意味します。高度100㎞以上が宇宙といわれており、まずそこを目指そうというのが数年前のトレンドでした。宇宙に物を運ぼうという目標から始まり、この「宇宙の目標」がだんだんと変わってきています。
もちろん以前から、月・火星がターゲットとしてありましたが、今ではかなり現実的に月や火星に行く取り組みが進んでいます。これまでは、地球の周りで通信するのを目的につくられていた主に無重力対応であった衛星から、今後は惑星の探査などを目的に、無重力から重力のある場所に移動して活動できる探査機への対応が必要となるため、それに求められる新しい材料の加工技術が要求されるようになってきています。また、地球周辺の打上げの場合なら1㎏で約50~100万円の予算で打上げられ、月を目指すとなれば、1億円くらいになるといわれています。
そうなってくると、部品にはより軽量化が求められるので、軽量で耐久性のある材料の採用やその加工といった「強度と軽さ」の両立が部品に求められてきます。これにより、軽量化されている部品をうまく加工することが、今後我々の技術に求められてくると思います。
宇宙の場合、事前に緻密な計算のもと作られた宇宙部品でも、打上げは一発勝負ですから、「これちょっとダメだったから、つくり直そう」というわけにはいかないのが地上の部品との大きな違いです。使う「環境」も地上とは全く異なります。例えば、激しい温度変化のため部品には高い耐久性が求められます。従って、宇宙部品には、発注者から高い品質が求められます。
―顧客のニーズを取り込む上で特に心掛けていることは。
藤井 発注者には元々、「こういう部品をつくりたいのだが」という設計案があるのですが、そこから「安価でつくるためにはどうすればいいのか?」という質問もあります。
それには製作段階において、例えば、発注者から支給されたCADデータでは、非常に狭いところや深い部分への加工が必要であったりしますので、こちらは、それが本当に必要かどうかを見極める力を持ちつつ、「ここはこうしたほうが安価で済みますよ」などと別案も提案して、つくる側のコストも考慮した上で、発注される側の要望も満たしながら、無駄なコストを省くといった取り組みを行っています。
あるいは、図面がない状態でも、要素を理解して部品の機能を果たせるような製品づくりを提案できるのが我々の強みです。
また最近では、マグネシウム合金の部品製作に力を入れています。そういった提案に非常に興味を示し、「ではマグネシウムでつくってみたい」という話につながり受注となることもあります。このように設計者との間で、今までにない良い関係を築けるようになってきています。一方的に「これつくって」ということが最近では少なくなってきました。
その目的を理解することが重要
―宇宙部品を手掛けるには、これまで培ってきた技術面に加え、宇宙に関する様々な知識も吸収していかなければ、提案に盛り込むのは、なかなか大変なはずです。
藤井 何をつくっているのか、装置や部品など、その目的を理解することが非常に重要になります。それが出来ることにより受注につながるともいえます。
―そもそも「宇宙」自体への興味は元からあったのでしょうか。私も、ものづくりの媒体をつくる者として、今後はもう宇宙への関りは避けて通れないと思っていますが、50歳代になってでも、宇宙に関し、特に理化学的なことに、どれだけ興味が持てるのだろうかと不安です。
藤井 2015年に初めて宇宙部品に着手したのですが、それまでは、宇宙はアニメの世界でした。宇宙部品に関わるようになってから、私は本当に、一日たりとも、宇宙業界の活動が頭から離れたことはありません。この取り組みをきっかけに多くの宇宙関係者と知り合うことができました。ある宇宙事業者の代表は、「宇宙関係の経験者を採用しても常識的な仕事になってしまい、新しいものは生まれない」といっており、もっと他分野の人材を取り込んで活動していきたいそうです。私もそれほど難しい宇宙に関する計算等ができるわけではないですが、やる気と思いがあれば、「宇宙はいつでもスタートできる」と思っています。
2021年5月28日